積雪期に南蔵王を眺めると白い壁のようにそびえて見えるのが屏風岳の東面だ。日が当たると神々しく輝き南蔵王の盟主として圧倒的な存在感がある。この東面を滑るには様々な条件をクリアしなければならないが、意欲的なスキーヤー・ボーダーは少ないチャンスをものにして滑降しようと狙っている。その中の数少ない女性のひとりが大○さんである。若くて意欲のある彼女は、山スキーを始めてから5シーズン目で目下急成長中だ。現在は自らが計画しリーダーになり、飯豊などに行くことのできるレベルに達している。まだ滑ったことのない屏風岳にトライしたいと思うのも当然だろう。そんな大○さんが今度の日曜日に屏風岳東面にトライするという。予報によると今週半ばに降雨があり、週末は強風のうえ気温が上がらないようだ。となると東面はガリガリのハードバーンになり厳しい滑降条件が予想される。自分も参加させてもらうことにしたが大○さんにはダメ元だよと伝える。その他のメンバーは小○君と森○氏というかなりパワフルなチームで、こうなると自分が一番非力のように思える。
すみかわスキー場から雪上車道をたどり、途中から山中に入るという先週と同じルートで歩く。井戸沢、金吹沢を越えて刈田峠避難小屋へ到着。屏風岳に向かうには小屋を経由する必要はないのだが、自分以外はこのエリアが初めてなので、あえて寄ることにしたのだ。風があるので見学も兼ねて小屋の中で休憩する。中の温度計を見るとマイナス10度になっていた。どうりで指が痛くなってくるわけだ。出発しようとしたら冬季入口ドアに不具合があり締まらない。針金などでの応急処置に思わぬ時間がかかり、結局小屋には50分もいてしまった。峠ノ沢を下り澄川に出合うと沢を登っていく。風が強い時は沢ルートが風を避けることができるので好都合だ。
源頭部を抜けると屏風岳の緩やかな西斜面を登っていく。予報では昼頃が風のピークとなっていたが、稜線に向かうに従い風が強くなってくる。ちょうど12時に稜線(標高1,750m)に立つと、西からの強風に煽られて東面へ落ちる危険さえ感じるほどだ。他のメンバーには樹にアンカーを取って待ってもらい、東面へ数m降りて斜面の状況を確認することにした。ガスのため斜面最上部はなんとか見えるが、それ以下は見えなくなり観察できない。いずれにしても想定どおりガリガリのハードバーンである。この状況での滑降は滑落の危険性もありリスクがありすぎる。今日は諦めるしかないとリーダーに進言する。残念だが今日はここで引き返すこととなった。
稜線から取って返して芝草平まで下ると風も凪いできた。このまま帰るのも何なので杉ヶ峰を滑ることにする。気温が低いので杉ヶ峰の東斜面は雪質が良く、先週以上に快適な滑降となった。今日はこれで満足するとしよう。沢まで落とすと遅い昼食を取ってから岳樺沢出合まで滑る。シールを張って登り返し、しばらくはほぼ水平移動のスノーハイキング。左に井戸沢小屋が見えたところでシールを剥がし滑降モードにチェンジした。往路をたどり井戸沢右岸の斜面を滑り降りて渡渉するとスキー場へと戻った。
今回は屏風岳滑降の目的は果たせなかったが自然条件はいかんともしがたい。特に今シーズンは雪の降り方が変で条件が揃わないせいだろうか、屏風岳東面を滑ったという声を聞かない。平日自由になれば狙える可能性はあると思うのだが、悲しいかな勤め人にはなかなか難しい。このままシーズンが終わってしまう可能性も出てきた。山は逃げないがチャンスは逃げるのだ。
※屏風岳東面の滑降はかなわなかった大○さんだが、この日以降に飯豊本社ノ沢、飯豊ホン石転び沢などのグレードの高い山スキーを、リーダーとしてこなしている。ホン石転び沢は上部が50度を超える斜度の滑降であり、いずれも女性にとっては、いや男性でさえもかなり難度が高い山スキーをこなしている。一見華奢に見えるその体のどこにそれほどまでのパワーがあるのか不思議である。(熊)