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No.4684
押倉沢
只見川支流・霧来沢流域
山行種別 無雪期沢登り
おしくらさわ 地形図

トップ沢登り>霧来沢・押倉沢

山行期間 2012年9月22日(土)
コースタイム 林道駐車場所(6:53)→押倉沢出合(6:57)→二俣(8:00)→二俣(11:21)→30m大滝(8:18)→510m二俣(10:24)→630m奥の二俣(11:03)→930mピーク(13:15)→二俣(17:28)→林道駐車場所(18:59)
写真 写真は拡大してみることが出来ます
霧来沢を渡渉する(正面が押倉沢) 押倉沢出合は喉のように細くなっている 樋状の沢を進む
押倉沢出合は喉のように細くなっている 二俣に到着

 
辺りが開けて大滝が現れた
3段で30mはあるだろう 2段目から3段目の巻きは大体こんな感じで
2段目の落ち口から 4m滝(岩がかなり滑る) 穏やかなナメ
6m滝(左右どちらでも登れる) 標高510mの二俣は左に入る 2段7m滝
開脚でゴルジュを越える 標高630mの奥の二俣 最後の滝らしい滝
急斜面のヤブを漕ぐ 中央尖っているのが笠倉山その左に御神楽岳 930mピーク
黒光りのナメはツルツルだ 1回目の懸垂下降 2回目の懸垂下降
2回目の懸垂下降 懸垂下降4回目 薄暗くなりヘッデンでのへつり
ついに真っ暗になる 無事帰着 ルート図

行動記録
 南会津の霧来沢押倉沢と聞いても全然ピンとこなかった。自分は南会津方面に、沢登りだけでなく尾根歩きも含めて、あまり入っていないのだから当たり前だ。ネットで検索しても沢登りではほとんど記録が見あたらない。「トマの風」や「わらじの仲間」が登り、あるいは下降しているようだが、隣接あるいは尾根向こうの沢と組み合わせて遡行している。いずれもそれぞれの会の会報には詳細な記録があるのだろうが、ネット上では参考になるような情報は見つけられなかった。会津山岳会の会報には記録があるらしいという。そこには単独で8時間を要した記録が載っているので、今回は5人パーティーでもあり10時間を見込んだ。地形図を見ると、たしかに両岸の山腹は急峻なようだが、沢筋には滝や崖の記号があるわけでもなし、そう複雑な地形でもなさそうだ。入渓から稜線までの標高差は600m程度、全歩行距離も9km程度と、そんなに無理ではないように思われた。まあ記録があったとしても、実際のところ沢は入ってみなければわからないのだ。具体的な沢の情報もイメージも無いまま向かうこととなったが、どこかで漠然とそれほど難しい沢ではないだろうと、タカをくくっていたようだ。しかし、そんな安直な気持ちで沢に向かった自分は、考えの甘さを思い知ることとなる。
 前日の21日夜にYさんと合流し、日付が22日に変わった頃、ようやく道の駅尾瀬街道みしま宿に到着。既に先着していた他の3人は、入山祝いも済み眠りについたばかりのようだ。こちらも軽く飲んで車中泊とする。午前5時の目覚ましで起きるが、まあまあ快適に寝られた。6時に移動開始、只見川沿いに国道252号を南下し、本名ダムを過ぎて霧来橋手前で林道に入る。2km弱ほど進むと左に駐車スペースがあり、ここから霧来沢へ下降する。駐車スペースには焚き火跡がそのままなのはどうしたことか。斜面を小沢沿いに下るとすぐ霧来沢だ。沢幅は15mほどあるが水深は浅いので、真向かいに見える押倉沢出合への渡渉は容易だ。押倉沢の出合は喉のように幅が狭く、左岸をへつるようにして入渓する。その先は普通の沢で、所々でへつりはあるが、水はあまり冷たくはないので落ちても泳いでも特に問題はない。しばらく歩いても小滝さえ出てこないので、これはハズレの沢なのではとさえ思い始めていた。1時間ちょっと歩くと左から沢を合わせる。ここが二俣のようだ。左俣右俣の水量比はほぼ同じくらい。登りはこのまま右俣を進み、左俣を下降してこの二俣に戻ってくる計画だ。
 真っ直ぐ右俣を進むと、突然大滝が目に入り思わずおおと声が出る。ここまで小滝と呼べるような滝もなく、ハズレの沢なのではと思い始めていたところなので余計感激する。下から3m、15m、12mの30mほどの直瀑で、すっきりとした姿が美しい。直登はもちろん無理なので巻くことになる。両岸とも切り立った壁で容易には登れそうにない。右岸なら少し戻ってブッシュ頼みで登れそうだが、上部のトラバースが厳しそうだ。左岸は滝近くの岩とブッシュ混じりの壁が、かなり立っているが小さく巻けそうに見える。そう言い出しっぺの自分がトップで登ることになったが、かなりしびれる登攀となる。念のため50mロープを引く。ランニングビレイを取りながら登り、2段目の落ち口でいったんピッチを切る。スペースがあるので4人が上がり、ラストのSさんがつるべで上にロープを延ばす。あまり岩が良くないのか右に逃げてから左に切り返してきたが、かなり上に追い上げられてしまった。50mロープはあらかた繰り出されてしまったが、最後はブッシュ頼りに下降し、上手い具合に最上段の落ち口上流に降りることができた。この滝の巻きで1時間30分ほどかかった。落ち口に近づいてみると左に直角に曲がり小滝と釜があり、すぐ3段目の直瀑となっているので、落ち口に小さく巻かないで正解だったことになる。あらためて登ってきた左岸の壁を見ると、よく登ったと思わずにはいられないほど切り立っていた。
 再び遡行を開始すると、大滝こそないが4〜10mほどの滝が入れ替わり立ち替わり現れるようになる。いずれも岩質のせいか、凹凸に乏しくツルッとしていて小難しいというか、取り付きや落ち口の一手が嫌らしい滝が多い。お助けロープを何度も出し、1年ぶりのショルダーまでやって滝を登る。時間をロスしないよう、その場所場所の条件で登り方を考え、5人のチームワークで実行しクリヤーするのは痛快でもある。そんなゲームを楽しみながらも、時間を気にして登っていく。詰めのヤブこぎもそうだが、右俣の登りがこうでは左俣の下降もかなり時間がかかると思われるからだ。滝のひとつでは、落ち口で新しい残置シュリンゲがあり回収。下降の際に使ったものだろう。標高500mを過ぎたあたりで左から小沢を合わせるが、これを見送って数10m進むとまた左から小沢を合わせる。地形図で確認しこの沢だろうと左に入る。
 4〜6mほどの滝が続くが、いずれも岩質のせいか凹凸に乏しく滑るので難しい。取り付きや落ち口の一手が嫌らしい滝が多い。1人が登れれば後続にお助けロープを出す。こんな時は呼吸のあったチームワークが大事だ。沢の勾配がきつくなってくると、両岸の切れ込みが深い谷になる。今日は「かたいた倉山」のすぐ南にある930m位のピーク目指して詰める計画なので、奥の二俣でも左に入ることになる。見逃すとやっかいなので地形図と高度計にGPSで慎重に確認しながら登る。水量はもはやちょろちょろ程度しかない。詰めの前に水を補充しておいた方が良いだろう。それらしき二俣で左沢に入る。小滝をいくつか越えるとまた二俣でここも左だ。取り付きがツルツルの小滝では、ショルダーで滝を登る。勾配が増してきて、滝なのか斜面そのものの勾配なのか区別がつかなくなってくる。
 標高770mほどでまたまた二俣でやはり左だ。すぐ立った小滝があり、厳しいが強引に登る。沢の傾斜はかなりのものになり、スラブのナメが連続するようになる。これ以上は危険で登れそうにないので、右の灌木に逃げてそこからは枝を掴みながら登る。急勾配なので、腕で体を引き上げるような登りが続く。ヤブ登り30分ほどでやっと930mのピークに立つことができた。樹林に囲まれ展望はない。ここで驚いたことにブルーシートとひと巻きの針金を発見、立木にも針金が巻き付けてある。こんな名もない小ピークに何故といぶかしく思ったが、積雪期の縦走でのデポらしいという。
 さて、930mピークより左俣目指して下降しよう。直下は急すぎるので、左手の尾根から木の枝を頼りに下り始める。すぐ沢形が現れ沢床を下るが、黒光りするナメの急傾斜になり、滑ったらと思うと恐ろしくて足が止まる。やむなく右の樹林に逃げ、再び枝を掴みながらの下降が続く。沢を下りることができるようになっても、右俣と同じくツルッとした滝は、登るより下降が難しい。結局4箇所の滝で懸垂下降を行った。5人パーティーなので、のべ20回の懸垂下降だ。ロープを出せば時間がかかるが、安全確保のためには必要だ。1箇所ではいつの頃のものだろうか、かなり古い残置シュリンゲを発見。結局左俣で最大の滝は7mほどだった。しかしいずれの滝も直登は難しく、高巻こうとするとかなりの大高巻きになるであろう滝もあり、左俣を登るとすればやはりそれなりの時間がかかるだろう。
 ようやく二俣に到着。やれやれここから下流は、もはやロープを出すような滝は出てこない。幸い誰もバテてはいない。みんなタフだ。しかし時刻はもう17時28分。秋の日はつるべ落としという。薄暗くなり始めてきたので、ここからヘッデンを点けての行動となる。歩いているうちにどんどん暗くなってくる。難しいところはないとはいえ、夕闇での沢の下降はなかなか気を遣う。ようやく霧来沢との出合に到着。渡渉して小沢を登れば今朝の駐車スペースだ。18時59分無事到着。思わず万歳が出る。12時間を超える行動はさすがにタフだったが、最後まで足並みが崩れなかったメンバーに感謝だ。そうでなければ明るいうちに二俣までたどり着けなかっただろう。ライトがあるとはいえ、さすがに暗闇の懸垂下降は危険で無理がある。そうなればビバークするしかなかった。
 押倉沢は日帰り遡行をするのであれば、足並みのそろった少人数のパーティーが無難だろう。もしくは始めから2日間の計画とするのも良い。あまり上まで登らないうちならテン場は結構見つかる。ただし泊まり装備のザックを担いでの行動となる。「さわね」のように二俣で泊まり、翌日荷物をデポして身軽に遡行するという手もある。ロープは50mを持っていった方がいいだろう。我々は30mも使ったが、50mがあって良かったという場面が何度かあった。霧来沢は渓流釣りの対象なので、押倉沢でも魚影が見られると思ったが、不思議なことに魚影は見かけなかった。もうあらかた釣られてしまったのかもしれない。
  押倉沢は少々侮っていた自分の浅はかさ、そしておこがましさを打ち砕いてくれた。さすが標高が低くても夏まで雪渓の残る会津の沢だ。また会津の沢に訪れるのはいつになるだろうか。その時は心して謙虚に挑ませてもらうこととしよう。(K.K)

<参考>
1986年8月23日 押倉沢右俣の記録と溯行図(173kb.PDF)
1989年8月26日 押倉沢左俣の記録と溯行図(475kb.PDF)

溯行図

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